猪突猛進ハリネズミ - 私空模様。―9話―
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私空模様。―9話― 

晩夏1



まだ夏の暑さが残る9月初旬。
「田宮 梓です。よろしくお願いします」
新学期が始まり、転校生が人懐っこい笑顔で挨拶をした。
世渡りが上手そうだなんて感想を抱いてる間にその人は先生に指定された後ろの席に向かう。
途中で一瞬だけ敵意のこもった視線を向けられた気がしたが、初めて会った人に恨まれる覚えもないので勘違いだと思うことにした。

始業式が終わると転校生は数人の女子達に囲まれていた。
あたしと花音ちゃんは話しながらも、遠巻きにその様子を窺う。
「梓ちゃんさ、まだこの学校よく分かんないでしょ?これから案内してあげる」
1人の女子が親しみやすい笑顔で話しかけたが、転校生は柔らかい笑みを浮かべて「間に合ってます」とはっきりした声で断った。
断られるとは思っていなかったのだろう。転校生を囲んだまま女子達は言葉を無くし、凍ったように立ち尽くす。
転校生はそんな女子達を気にかけていない様子で席を立ち、あたしと花音ちゃんの方へとやってきた。
その瞳にはやはり敵意が宿っている。
「あたし達に何か?」
警戒しながら問いかけると転校生は笑みを消した。
「たぁくん……雨宮隆也のクラスはどこ?」
「……え?」
何か文句でも言われるかと予想していたので、予想と違う質問の意味が理解できずに聞き返してしまう。
「え?じゃないわよ!『京子』と『花音ちゃん』!アナタ達がたぁくんと仲良いのは知ってるんだから白状しなさい!」
掴みかかってきそうな勢いで詰め寄ってくる転校生に思わず後退りそうになったが、何故か負けたくなくてグッと堪えた。
「たぁくん、たぁくんって、あんたは一体隆也の何?」
意図せず声音にイラつきが滲む。
初対面の人にイラつくなんて普段はあまりないのだけれど、あからさまな敵意を向けられてイラつかない方がどうかしてると思う。
あたしと転校生の間の見えない火花を感じて、争い嫌いな花音ちゃんがおろおろと慌てふためいている。
花音ちゃんが涙目になる前には切り上げないとなんて考えるが、転校生は気にかけていないようだ。
「たぁくんはアタシのー」
敵意を隠さないまま言葉は紡がれたが、転校生の視線があたしから教室の入り口の方に移って止まる。
不思議に思って振り返ると、見慣れた黒髪の青年がこちらを見て「げっ」と言葉を零していた。
あたしが何かを言うよりも先に転校生は、隣にいた雪さんを押し退け隆也の腕に抱きつく。
「たぁくん、みーつけた!」
言いながら甘えるように転校生は隆也の腕に顔を寄せた。
「京子たちと同じクラスだったのか梓……」
隆也はそんな彼女を引き離そうとはせず、それが当たり前であるかのように話し始める。
「そう。だからたぁくんのクラスを聞こうと思ったんだけど、たぁくんから来てくれるなんて嬉しい!さすが未来の旦那様」
「はぁ!?」
語尾にハートがつきそうなほど甘い声で発せられた単語に思わず声を上げてしまう。
あたしはどうしてこんなにムカついているんだろう。
そんな落ち着かないあたしを嘲笑うかのように転校生は初めてあたしに笑顔を向けた。
「たぁくんはアタシの未来の旦那様なの。もうアナタたちに独占させないんだから」
改めて宣言された言葉はやっぱり、ああそうですかと納得できるものではなくて、何か反論しなければという気持ちにかられるが、隆也の彼女でもないあたしが何を言うのかと開いた口からは何も言葉が出ない。
あたしが言葉につまっていると、隆也がため息をついた。
「お前はいつまでその約束の話をするんだ……」
呆れたような声で言って、隆也は転校生を腕から離れるようにそっと押す。
「いつまでって、叶えるまでずっと言うよ!」
離されたことに焦った様子で転校生が隆也のシャツをぎゅっと掴んだ。
隆也もその手は離させようとはせず、諦めた様子で視線を転校生からあたしへと向ける。
「悪い。今日は梓と帰る」
「え、あぁ、そう……」
隆也の言葉に何故か少し寂しくなって、そっけない返事がこぼれた。
そんなあたしの様子に気づいてか、隆也は申し訳なさそうな顔をして、あたしの頭を優しく叩く。
ごめんと伝わるその手と視線はすぐにあたしから離れて、隆也は転校生と向き合う。
「梓、荷物持ってこい。帰るぞ」
その言葉に転校生が嬉しそうに返事し、席へと荷物を取りに行った。
そして戻ってきた転校生はまた先程のように隆也の腕に抱きつき2人で帰っていく。
その背中にあたし達3人は引き止める言葉が見当たらず、無言で見送ることしかできなかった。

2人が見えなくなっても、あたし達は口を開くことができないでいた。
花音ちゃんと雪さんの視線はあたしに向けられている。
2人はあたしと隆也をくっつけようとしていたし、心配されているんだろうなと見当はつく。
けど、それはお門違いで、あたしは隆也のことを何とも思ってないので心配されるようなことはない。
ない、はずなのに。
今、少しでも気を緩めたら泣きそうなのはどうしてだろう。
泣くな。泣くな。堪えろ、あたし。
「び、びっくりした……」
自分に言い聞かせて、やっとのことで言葉を紡ぐ。
「そうですね……転校してきた人が隆也さんの知り合いだったなんて……」
「さっきの子、転校生なの?」
花音ちゃんの言葉に雪さんが反応した。
「そうなの。今日転校してきた子で会った瞬間から敵視が激しくて」
そのまま雪さんに始業式が終わってからの流れを説明する。
その間もずっと、涙を必死に堪えていると、
今まであたしが泣きたい時は隆也が側にいて、あたしの様子に気づいてくれていたことを気づく。
(隆也がいないとあたしは泣くこともできないんだな……)
そんなことにすら気づけていなかった自分に心の中で自嘲する。
(隆也、今凄く泣きたいよ……だから)
側にいてほしいなんて口では絶対に言わないことを願った。


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